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バンド アーカイブ

2007年05月14日

俺たちの詩

 俺の部屋に、ジョージとミラーとサンジとカヲリが集まった。
「ヘイ、ビデ。恥ずかしがらずに、ちゃんと書けたか」と、頭髪をポマードでテカテカにしたジョージが、俺にいった。
「当然だろ。おめーらこそ、ちゃんと書いてきたんだろうなあ」俺はそういいながら、折りたたみ式のテーブルを広げた。「ヤワなもの書いてきやがったら、許さねーぞ」
「ハッ。誰にいってんだよ、ビデ。泣かすぞ」長髪のサンジは、相変わらずシブイ革ジャンを着ているけど、もう初夏だし、今日はやけに暑いから、汗だくだ。タンクトップに包まれた丸い腹まで、びっしょりだ。
「まあいい」俺は、指を鳴らした。「今日は、俺たちのバンドのオリジナル曲に使う詩を、決める。一番ハードでロックでパンキッシュな詩を、採用する」
 そうだ。今日は大事な日なのだ。俺たちは、来月の高校の文化祭で、最高で最強のロックンロールを演奏するのだ。
 ギターを買う予定のジョージは鼻で笑い、ベースを買おうと思ったことのあるミラーは不適な笑みを浮かべ、ドラムを見たことがあるサンジは目を伏せ、いつも鼻声のカヲリはもじもじした。そんな奴らを前に、キーボードで演奏したり打ち込みをした夢を見たことがある俺は、大人びた顔で肩をすくめてみせる。
 窓の外で、蝉が鳴き始めた。
 俺の部屋の気温は、五人が集まったことにより、ぐんぐん上昇している。この部屋には、クーラーなんて気の利いたものはないのだ。
「始めようぜ。誰から詩を発表する」ミラーは、ぱつんぱつんの黒いジーンズの後ろポケットからノートを取り出し、テーブルに叩き付けた。「オレはいつでもいいぜ」
 俺は、危なく声を出してしまうところだった。ミラーのノートは、適度に破れ目があり、適度に薄汚れていて、適度に格好がよかったのだ。表紙にも、英文が走り書きされている。字が下手すぎて読めないが、確実に格好いい。
「ファック。汚ねーノートだぜ」そういって、ジョージは黒いジャケットの内ポケットから、手帳を取り出した。「ま。オレの詩にゃあ、誰も勝てねーだろうがな」得意げな顔で、ぱらぱらと捲る。
 またしても、俺は声を出してしまいそうになった。ジョージの手帳も、適度に能率的で、適度に使い込まれていて、適度に格好がよかったのだ。表紙には、2007と金字で印刷されている。
「ビ、ビデ。リーダーから、は、発表したら、いいじゃない」サンジは蚊が鳴くような声でそうどもると、テーブルのそばに正座した。やたら背筋がいい。
 ジョージは無言で頷くと、壁に背をつけて腰を下ろし、立て膝になる。ジャケットを脱いだら、栄養失調みたいな痩躯があらわになった。
 ミラーは窓辺に座り、風を嗅ぐみたいな顔で外を眺めた。この時期に長髪で革ジャンは、苦しいのだろう。たっぷりとした贅肉もあるし。こっそりと、手で扇いでいる。
 カヲリは、俺のベッドに腰を下ろした。黒髪をツインテールにした紅一点の彼女は、今日も顔色が悪い。白い長袖のシャツを着ているけど、暑くないのだろうか。
「いいぜ。じゃあ、このバンドのリーダーである、俺からいく」俺は人差し指で眼鏡をくいっといじると、机の椅子に落ち着き、パソコンのキーボードを叩いた。
 机の横の棚に置いたプリンタが、唸り声を上げる。俺は、内心ほくそ笑む。パソコンで書き、印刷する。これは、かなり格好いいはずだ。なにしろ、この中でパソコンを持っているのは、俺だけなのだ。さりげなくメンバーを見回すと、誰もが落ち着かなげな素振りをしていた。
 先制パンチは決まった。次は、とどめの一撃だ。俺の詩は、完璧だ。ここにいる奴らは、全員感動の涙を流すだろう。拍手喝采することだろう。俺は、天才なのだ。天才だったのだ。詩を書くのは始めてだったが、完成したものを見て、目を疑った。プロだって、これほど素晴らしい作品は書けまい。
 俺は、自信作が印字されたA4の紙を、テーブルの上に放る。


 『俺のロケンロール』

   俺は俺だぜ ロケンロール
   誰も俺は止められないぜ イエー! アイウォンチュー
   まだ16だけど、心は少年 なんでもできるぜ なんでもやるぜ 何故なら最強
   右に行けといわれたら、左に曲がるぜ 俺はいつでも斜め上さ
   だけどアソコは右曲がりなのさー オーイエー!
   油断したなら刺すぜ 火傷するぜ 俺はいつでもマジだぜ ベイビー 
   さりげなく そうさ さりげなく生きるのさ アイラビュー
   惚れるなよ ガールズ
   俺が俺のために贈る 俺の詩 ザ・俺 超俺 この俺こそが、俺なのさ 俺
   俺最高 俺俺俺俺俺最高 俺にシビレて 俺シビレ
   これが俺のロケンロール


  俺の詩が書かれたA4の紙は、そっとテーブルに戻された。
「……次は誰だ」ミラーが、革ジャンを脱ぎながら、そういった。二の腕が、たぷんと揺れた。
 俺は、俺の詩の感想を聞きたかった。自信作の感触を知りたかった。しかし、それはこの部屋を満たす空気を読めば、察することができる。僅かなミスだ。ほんの僅かな傷が、全体の印象を悪くした。天才の俺には、わかる。わかってしまう。そう。ロケンロールではなく、ロックンロールにすべきだったのだ。悔やんでも、悔やみ切れない。
「ヘイ、サンジ。次はオレの番だ」ジョージが、握っただけで折れそうな腕を振って、手帳を投げた。「イエス。どれでもいいぜ。好きなページをオープンしな」
 自信に満ち溢れた顔だ。俺は密かに緊張した。
 サンジは、おずおずとした指で、受け取った2007年度版能率手帳を開く。それは、カレンダーを無視して乱雑に書き殴られていた。


 『ベイビィ ベイベベイベ ベイビィ』

   ヘイ! ベイビィ ベイベベイベ ベイビィ ベイビィ ベイベベイベ ベイビィ
   オーマイガッ ファックファック マザーファッカー アスホール ユー
   ゴッドセイブザクイーン ヘルプ ネバー
   イエアー! リビニガプレイヤー ウェルカムトゥーザジャングル
   スメルズライクティーンスピリット ギヴイットアウェイ
   シンクロニシティ プリーズテルミーナウ ホットフォーティチャー
   アフターバーナー シャウト スレッジハンマー キッス
   オウ! マイフェイバリットイノセンス!
   ヘイ! ベイビィ ベイベベイベ ベイビィ ベイビィ ベイベベイベ ベイビィ


  ジョージの手帳は、そっとテーブルに戻された。
「……次いこうぜ」ミラーの二の腕が、たぷんと揺れた。
「うひ。うひひひ」サンジが、笑い出した。「じ、じゃあ、お、おれのを、見せるよ。ビデや、ジョージよりは、マ、マシかも」
 サンジのその言葉に、俺とジョージは憤然と立ち上がる。ジョージはそのまま脚がつり、ヒギィと呻いて倒れた。「マイガッ。つったつった。脚つった」
「おい、サンジ。どういう意味だ」俺は、ギリッと歯を鳴らした。
「ま、まあ、いいじゃない。お、おれの詩を、見てよ」サンジは、俺にノートを差し出した。なんの変哲もない、ルーズリーフだ。「み、身の程が、し、知れると、お、思うよ」
 この野郎と、俺は思う。どもりで気が弱いくせに、なんて自信に満ちた顔をしてやがるんだこいつは。どんな詩を書いたか知らんが、どうせ軟弱なものに決まっている。たっぷりと批評してやる。


 『私はこのように聞いています』

   観自在菩薩は 行深般若波羅蜜多する時
   照見五蘊皆空で 度一切苦厄なのさ 
   舎利子よ
   色不は異空で 空不は異色さ
   そして色即は是空で 空即は是色だったのさ
   つまり受想行識亦復如是ということ
   舎利子よ
   だからそれは是諸法空相なのさ


「般若波羅蜜多心経かよ」俺は思いっ切り叫んだ。眼鏡がずり落ちた。「読誦経典かよ」
「お前はゴータマか」ミラーが裏声になった。「お前はシッタールタか」
「ファーック。二七六文字の叡智を侮辱かよ」ジョージがうずくまりながら唾を飛ばした。「シーット。完全なる智慧を陵辱かよ」
「……みんなよく知ってるね」カヲリが、ぽつりとつぶやいた。
 俺たちは顔を見合わせる。
 別に意味も他意もない。俺たちは中学時代、「はんにゃ」という響きに面白さを感じて、ちょっと調べたりしただけだ。
「し、知らねーよ。ロックンローラーが大乗仏教なんて、似合わないぜ」ミラーが、そう吐き捨てた。
「まあいい。次は、ミラーだ」俺は、ミラーを指さした。「お前の魂を見せろ」
「ハッ。腰抜かすんじゃねーぞ」ミラーは、たぷんと腹を揺らした。
 

 『わがままジュリエッタ』


「つか、タイトルしか読めねーぞ。ジーザス」脚をさすりながら、ジョージが吠えた。
「字、汚すぎ」俺にも読めない。昔からミラーの字は下手くそだったが、今やミミズがのた打ち回る領域を超えて、芸術的ですらあった。
「し、しかも、な、なんか、と、盗作っぽ」サンジは、くすくす笑った。
「うるせえな。ちゃんと読めよ。すっげーいい詩なんだぞ」ミラーは、自分のノートを奪い取った。「オレにも読めねー」ノートを床に叩き付けた。
 俺は、安心していた。どいつもこいつも、レベルが低い。間違いなく、俺の詩が一番イケている。ロケンロールをロックンロールに直せば、誰もが認める完璧なものに仕上がるだろう。パソコンの中のテキストを修正するだけだから、今すぐにでも再提示可能だ。
「最後は、わたしね」と、カヲリがいった。
 汗だくの俺たちは、ざっと身構える。
 そうだ、まだ我がバンドの紅一点、メインヴォーカルのカヲリが残っていた。ここは俺と彼女の一騎討ちかも知れない。いや、カヲリは優等生で、国語の成績はいいが、詩はどうだろう。学校の授業じゃ、センスまでは教えてくれない。
 顔色の悪いカヲリは、鞄の中から可愛らしいデザインのノートを取り出した。長袖のシャツに包まれた腕を伸ばし、俺に渡す。
 彼女は不健康そうな顔色をしているが、ルックスはいい。俺の趣味からしても、上の下といったところだ。カノジョにしてやってもいい、とすら思っている。ただ、ここにいる他の連中は中学時代からの悪友だったが、カヲリだけは高校で知り合った。学校での彼女は知っているけど、プライベートではどんな女子なのか、まだわからないところがある。詩は、ひとの心を写し出す。彼女が書いた詩を読めば、彼女の内面が伺い知れるだろう。
 俺は、ぱらりとノートをめくった。


 『死ねばいいのに』

   朝 昨日吐いた血海で顔を洗う 鉄の味 腐った匂い
   大腸で歯を磨く にちょっとした歯ごたえ ガムみたい 味はわからない
   朝食 脳味噌 すっぱい
   昼食 唇 にがい吐
   夕食 眼球 からい
   夜食 わたし 死ぬ
   救って
   死体になったらお願いします 中身を出して 洗って
   腕を切る 腕を切る 腕を切る 腕を切る 切る 切る 切る
   カッターナイフ 腕を切る 血が流れる 痛い 痛い 痛い 痛い
   だけど、生きてない 視界がない なにもいない 誰もいない
   生きているのに
   誰
   死体にしたならお願いします 抱きしめて 捨てて


 血で、書かれていた。
 カヲリが、にこりと笑った。目が、笑ってなかった。

 俺たちは、コンビニにおでんを買いに出かけた。

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