‘妄想’ タグのついている投稿

Chapter 6:飽くなき倦怠の中で

2012年3月9日 金曜日
この記事の所要時間: 約 23分7秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 6:飽くなき倦怠の中で

『いやー、解説のファイナル・大沢さん! 予期せぬ中断を得て、やっと第2戦、第3戦、第4戦が終わりましたねえ! 一時はどうなることかと思いました!』
『実況の古鼬さん! ティファ! すごかったティファ! 3D映像、ぼいんぼいんのたぽんたぽんだったじゃないすか!』
『それしかないんか! えー、それにしてもスメル・木村は強烈でした! おそらく運営も予期してたんでしょうねえ、対戦が始まると同時に透明の壁をステージの周りにおっ立て、客席ににおいが届かないようにしました。しかし! 逆にいえば、ステージの中のプレイヤーたちは逃げ場がなくなってしまった、ということでして。……って、ファイ沢! お前が解説しろよ!』
『ティファの魅力についてっすか? いいっすよ! まずあのおっ
『やっぱ黙れ! なんでこんなやつが解説だよ! もういい、俺ひとりでやる!』
『なにいってんすか、古鼬さん。あんただって、ティファの胸に釘付けだったじゃないすか。一緒に前屈みになってガン見してたじゃないすか』
『んなことねーよ! お前だけだろ! いいから解説しろよ! ティファ以外に目を向けろよ! 報酬カットするぞ!』
『はい、やっと第2戦、第3戦、第4戦が終わりましたね! スメル・木村のにおいにより5人が倒れ、一時はどうなることかと思いましたが、急遽用意された空気清浄機64台、消臭力512個の効果により、無事対戦を終えることができました』
『あこぎか! いきなり詳しいじゃねーか! いつの間に数えたんだよ!』
『資料がきてるっすよ、実況の古鼬さん。ちゃんと仕事してください』
『うるせーよ! 金で態度変わりすぎだろ!』
『というわけで、トーナメントの初戦を勝ち抜いたのは、ダークネス・鈴木、スメル・木村、ソルジャー・村田、クイーン・渡辺の4人っす。次の試合からは、いよいよシードの選手が出てきます。これは楽しみですねー! 先だって、第5戦と第6戦が同時に行われます。ダークネス・鈴木VSダルダル・武藤と、スメル・木村VSロワール・田中です! 前回準優勝のダルダル・武藤は、氷属性のカードをよく使うプレイヤーです。エクスデスを擁するダークネス・鈴木を相手に、どんな戦いを見せてくれるのか! チビッコバイキングのコスプレをしたロワール・田中は、見た目通り水属性をよく使います。大会最年少の彼は女性ファンが多いようですから、スメル・木村が酷いことをすれば、怒り狂った女性客の乱入もありえます! いやあ、どうなるんでしょう! 期待で胸が膨らむっすねー!』
『どんだけ饒舌だよ!』
『実況の古鼬さん。うるさいっす』
『めんどくせーなーもう! おーっとぉ! 今まさに満員のスーパー武蔵小金井ドームに流れ出したのは、「覇王エクスデス」! このテーマとともに現れるのは、もちろんこの男だーっ! ダークネス・鈴木、2度目の入場っ!』
『マジうるさいっす』
『いいんだよ! 実況はこれでいいの! これが俺の生き甲斐なの! おおーっと! ダークネス・鈴木、黒いローブ姿で余裕の足取りだーっ!』
『ああっ! 実況の古鼬さん、たいへんっす! たいへんなことに気付いたっす!』
『なんだよ!』
『この2試合、ティファ出ないっす。興味ないんでうんこしてきます』
『お前もう帰れ!』

(さらに…)

Chapter 5:死屍累々

2012年3月5日 月曜日
この記事の所要時間: 約 25分38秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 5:死屍累々


 夜叉がいた。
 角の生えた白面。目がつり上がり、口が耳まで裂けている。
 黒い長髪を振り乱し、恐れおののき逃げ惑う人間を容赦なく屠る。
 暴悪の鬼神。狂乱の破壊者。空が赤く染まり、大地が揺れ、空気が震える。
 その正体は、セーラー服の女子高生だった。血の繋がった姉だった。彼女には、もはや暴れ狂う理由も理性もなかった。姉の目には、もはや敵と弟の区別はつかない。
 その細く綺麗な指が、血にまみれた指が、絶望的な恐怖とともに迫ってくる。

 道房は、飛び起きた。
 全身に汗が噴き出していた。
 眩しい。息苦しい。うるさい。どこだここは。
 口元に違和感を感じる。プラスチック製の透明なマスクがついていた。なんだこれ。マスクから延びるチューブは、横に置かれたボンベつきの装置に繋がっている。
 病院? 目をこすって辺りを見回した。
「……うおわ」
 ここは病院なんかじゃない。スーパー武蔵小金井ドームの中だ。透明な壁の向こうで、6万人の観客がざわついている。
 うるさいのは、観客のざわめきだけじゃなかった。決闘場の周りに空気清浄機がずらりと並び、最大限の力でにおいを浄化していた。ランプは真っ赤だ。あと、消臭力がいっぱい置かれてる。
「頑張ってたんだね、山田さん。……空気清浄機のない密室の中で最後まで戦い抜いたなんて、やっぱり凄いわ」
 くぐもった声の主を見上げると、地味な服を着た地味な顔立ちの女が、カードを持って立っていた。湯布院有樹だ。彼女も酸素ボンベを着けている。
「あたしも頑張るから!」
 そういって、有樹は小走りで去ってゆく。
 自分の顔とか身体とか股間に生えた竜とかべたべた触りながら、道房はだんだん思い出してきた。
 この全身タイツ、この変態ファッション。そうだ。オレはドラゴン・山田なのだ。のっぴきならぬ理由で、主にさっき悪夢に見たシーンを姪に再現させないために、ドラゴン・山田となって戦っていたのだ。
 ゆっくりと立ち上がり、ガラス製デュエルテーブルの向こうを睨む。
 スメル・木村。
 不満そうな顔で、鼻糞をほじっている。
 コノヤロウ。おっかない夢を見させやがって。ちょっとちびったじゃねーか。股間に竜の首つけてなかったら、モロバレになるとこだったぞ。股間の染みを6万人に晒しながら戦うとこだったぞ。
 酸素マスクを取ってみる。……うん。まだくさい。だが、ずいぶんマシだ。オレの足のにおいの方がくさい。
 隣のテーブルを見ると、ソルジャー・村田とニーハオ・佐藤が戦っていた。その向こうのテーブルでは、湯布院有樹とクイーン・渡辺が戦っている。全員、酸素マスク着用だ。
「……あっちが終わるまで、待つんだってさ。……暇だよね」
 自分の脇のにおいをかぎながら、スメル・木村がいった。
 なんて下品なやつだ。
 ……いや、違うな。
 道房は、41年間の人生で蓄積した知識と経験則で、スメル・木村を看破した。
 こいつは、自分のにおいをかぐと安心するのだ。自分のにおいをまき散らしたテリトリーの中で、自宅にいるようなリラックス感を得ている。あのにおいは、安らぎフィールドなのだ。
 なんてかわいそうなやつなんだ。
 家の外にいながら家の中にいる。外出しつつも引きこもっている。結局、自分の殻を閉じて外世界へ一歩たりとも踏み出せていないのだ。多様化するモラトリアムのねじれた症例のひとつ。スメル・木村は、においという壁を挟んでしかひとと接することのできない、孤独で不憫な男なのだ。道房は勝手にそう認定した。
 不潔でさえなければ、においさえなければ、おならの壁さえ作らなければ、可愛げのある礼儀正しい青年なのに。
 いいだろう。真っ正面から受けとめてやろうじゃないか。
 その殻、ぶち破ってやる。
 彼を救い出すことが、勝利に繋がる。
 道房は、酸素マスクを剥ぎ取った。
「……あれ? ……山田さん、マスクつけないの?」
「ああ、いらない。嘘偽りない裸のオレで、お前を受け切ってやるぜ!」
 これからは、ドラゴン・山田ではなく、禿野道房として戦うのだ。
 スメル・木村の表情が曇る。
「……その声。……や、山田さん? なの?」
 道房はあえて頷きもせず否定もしない。
「2戦目が始まるまで、せいぜい安らぎのにおいを吸い込んでおけ。戦いが始まったら、そんな余裕など与えんぞ!」
「……ふうん。そう。……わかった」
 道房とスメル・木村の間で、火花が飛び散る。メタンが引火しそうなほどの睨み合いだ。
 こいつは勝たせてはいけない。勝ち抜かれれば、空気清浄機や消臭力で維持費がかかる。社会人たる者、コスト意識は大切だ。
 GN粒子(自分のにおい粒子)で固めたGTフィールド(自宅フィールド)から引きずり出し、風呂に叩き込んでやる! GじゃなくてJだけどGで通し切る! 死ぬ気で戦ってやる! なにしろこっちはリアルに命がかかってるんだ! 命と書いてタマと読むのだ! 潰されてなるものか! この歳で新宿二丁目デビューはキビシイぜ!

(さらに…)

Chapter 4:荒ぶる竜の咆吼

2012年3月1日 木曜日
この記事の所要時間: 約 24分22秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 4:荒ぶる竜の咆吼

『さあ! ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム第4回ワールドプレミアム大会決勝、第1戦が終わりました! 解説のファイナル・大沢さん、白熱した戦いでしたねー!』
『そうっすか? 退屈な試合だったよーな』
『あっはっはっは。いい加減にしろよコラ』
『実況の古鼬さん。マイク入ってますってば』
『もういいよ! というわけで、これからいよいよ第2戦が行われようとしております! しかし、戦いの舞台に上がったのは6人! 解説のファイナル・大沢さん、これはどういうことでしょうかね?』
『編集で切るつもりっすか。まあいいや。えーっと、これは3試合を一気に行うみたいっすね』
『3試合一気に! おおーっと! ステージに、テーブルが2つ追加されました! なるほど! 3つの戦いが、同時に行われるのですね!』
『そういってるじゃないすか』
『うるせーよ! なにちょっと切れてんだよ!』
『……ティファ出なかったんで』
『しょーがねーだろ! どんだけティファ好きだよ! えー、しかし、第1戦はそれほど注目のカードではなかったと思うんですけど、何故あの戦いだけ個別に行われたんでしょうか?』
『やってみて気付いたんじゃないすか?』
『気付いた、とは?』
『ほら、ひとり持ち時間15分、ってルールでしょ。だからまあ、2回戦で最大60分。入場もろもろいれると、1戦80分。それが11戦ともなると、最大880分、14時間以上にもなっちゃう。大会時間長すぎでしょ。だから縮めたんすよ』
『は、はあ。これは、運営の手落ちということでしょうか?』
『いや、作者が
『メタ厨死ね! というわけで、これからいよいよ第2戦、第3戦、第4戦が一気に行われようとしております! スメル・木村対ドラゴン・山田! ソルジャー・村田対ニーハオ・佐藤! そしてクイーン・渡辺対湯布院有樹です! どうぞ!』

 なにやってんだろオレ。
 道房は、41年の人生を振り返っていた。
 こんな訳のわからんことになったことなど、かつてあっただろうか。6万人の観衆に囲まれたステージで、股間に竜の首をつけ、尻に竜の尾っぽをつけ、紫色の全身タイツに身を包み、紫色の竜騎士マスクで頭を隠し、腰を前後に振って踊りながら、ドラゴンのスリーブに包まれたカードをシャッフルしてる。
 意味わからん。
 だが仕方がない。確かドラゴン・山田はこんな風だった。道房は、のっぴきならない理由でドラゴン・山田に化けているのである。
 凄まじく恥ずかしいが、バレないように振る舞わないといけない。中のひとが第1戦で負けたおっさんだと見破られたら、二度とFFTCGの大会に参加できなくなる。ていうか、警察呼ばれる。
 しかし気持ち悪い。道房が着る全身タイツは、さっきまで他人が身に着けていたものだった。しかもノーパンで。いくらなんでもそのまま着る気にはならず、シャツとももひきを脱がずに着込んだが、お蔭でやたら暑い。
 最悪なのが、この竜騎士マスクだ。
 血のにおいがする。
 暑いのに、キンタマがキューっとなるほど背筋が寒くなった。
 こええ。あの姪、確実に姉の血を引いてた。引いちゃいけないもんディスティニードローしてた。学生時代、”ひとり世紀末覇者伝説”と呼ばれ、”ノストラダムスが予言した恐怖の大女王”と恐れられ、”キンタマ潰し数ギネス世界記録保持者”の称号を得た姉の正当後継者だった。今までは、怒らせてもグーパンチが顔面に飛んでくる程度だったのに、完全に目覚めさせちゃった。目覚ましガンガンに鳴らしちゃった。そんなに期待させちゃってたのか。
 すまない、ドラゴン・山田。犠牲にしちゃって申し訳ない。姪が夜叉でごめんなさい。キミのためにも、オレのキンタマのためにも頑張るから、ロッカーの中で静かに眠っていてくれ。フルチンで。
「ふふ。山田さん? 今日はいつもより動きが激しいんですねー」
 地味な服着た湯布院有樹が、苦笑いしながら話しかけてきた。
 やばい。知り合いなのか。声出したらバレるよな。
 つか、知り合いなら何故見た目で見破らない。本物は、こんなに腹出てなかったろう。ああ憎々しいビール腹。なにこれもう目立ちすぎだろ。生きてるの嫌んなるわ。
「今日はお互い、頑張りましょう!」
 道房はコクリとうなずいた。笑顔はイマイチだし、なんかくねくねしてるけど、声は可愛いじゃないか。なんかちょっとときめいちゃう。
「……でも、やっぱりにおうね」
 湯布院有樹が、鼻に指を当てて顔をしかめる。
 道房は、テーブルを挟んだ向かい側を見る。
 小太りの男、スメル・木村。今回の対戦相手だ。女の子のキャラクターが描かれたスリーブを、丁寧な手つきでシャッフルしている。
 まず感じるのは、強烈な汗のにおい。校庭を何十周したんだよ、ってくらいの汗くささ。それに混じる、カビが腐ったようななんともいえないフレーバー。主食ドリアンとかじゃないだろうなこいつ。とにかく、鼻にこびりついたらしばらく取れないであろう悪臭だ。
 テーブルを間に置いてさえこのにおい。隣で戦うニーハオ・佐藤は、もっときついだろう。まともに戦えるのか?
 と思ったら、ニーハオ・佐藤は鼻に洗濯ばさみをつけていた。シュノーケルまで咥えている。その上、ヌンチャクを猛烈な勢いで振り回してにおいを拡散している。
 なるほど。一度ノックアウトされただけのことはある。対策を練ってきたか。ていうか、お前も汗くさいぞ。
 鼻の穴のでかいソルジャー・村田は? 見たところ、平気な顔してるが……。あ。よく見たら鼻毛がすごい! カッコつけて金髪いじってるけど、鼻毛すごい!
 胸毛を露出した半裸のクイーン・渡辺は、高音域の声で雄叫びを上げ、踊り狂っていた。なにしてんだこいつ。
『プレイヤー、レディ! デッキ・セット!』
 天井から降り注ぐ声が、そう叫んだ。
 道房たち6人は、ガラス製のテーブルの前に立ち、おのおのデッキをセットした。
 睫毛の長い目で対戦相手にウィンクしまくる半裸の筋肉男、クイーン・渡辺。
 腕を組んで余裕の表情を浮かべいい女っぷる地味女、湯布院有樹。
 ダンボールのしょぼい剣を背負いでかい鼻の穴から鼻毛をそよがせるコスプレイヤー、ソルジャー・村田。
 鼻に洗濯ばさみをはさみシュノーケルを咥えるハイテンション拳法家、ニーハオ・佐藤。
 全身から黄色いオーラを放出する小太り不潔大王、スメル・木村。
 そして、股間から竜を生やした全身タイツの変質者、ドラゴン・山田。
 変態コンテストかこれ。
 股間の竜、すっごい邪魔なんですけど。
『ディール!』
 道房の、決して負けられない戦いが始まった。

(さらに…)

Chapter 3:奇跡の勝利

2012年2月28日 火曜日
この記事の所要時間: 約 24分5秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 3:奇跡の勝利

 ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム第4回ワールドプレミアム大会決勝第1戦、ダークネス・鈴木対禿野道房の1回戦目が終わった。
 結果は、1対8でダークネス・鈴木の圧勝だった。道房はほとんどいいところがなく敗れた。
 蟹座スリーブに包まれたデッキに、すまない、と道房は胸の中で謝る。
 ファイナルファンタジーVIIIのファンデッキ。たかがファンデッキで世界大会に挑むなんて、といわれれば返す言葉もないが、このデッキでずっと戦ってきた。好きなのだ。好きだからこそ、続けてきてこられた。そもそもベースがファイナルファンタジーなのだから、すべてのデッキはファンデッキであって当然なのだ。
 しかし1回戦目では、主力となるはずのスコールがフィールドに出てこなかった。出せなかった。
 デッキに宿る魂が、道房の声に答えてくれない。勝つ気力が足りないのか。覇気が満ちてないのか。こんなもんじゃないはずだ、このデッキは。
 対するダークネス・鈴木のデッキは、6コストのエクスデスを中心としたイミテーションデッキだった。引きもよく、序盤から圧倒されっ放しだった。
 だが、完全に勝敗が決まったわけではない。
 勝負は、2回戦で行われる。次の戦いで勝利すれば、五分。1勝1敗に持っていける。
 不運は1戦目で使い切った。
 残るは幸運のみ!
 道房は、自分とデッキを信じることにした。

『デッキクリエイト!』
 天の声が叫ぶ。
 今回の特別ルールの中で最も異質なルールがこれだ。
 2戦目は、カードをシャッフルしないまま行う。その特別ルールは、こうなっている。

   (2)2戦目開始時は、デッキのシャッフルを行わない。
    (2-1)以下の手順で2戦目のデッキを構築する。
     (2-1-1)残ったデッキをAとする。シャッフルしたり、カードを確認してはいけない。
     (2-1-2)ダメージゾーンのカードをBとする。シャッフルしたり、カードを確認してはいけない。
     (2-1-3)ブレイクゾーンのカードをCとする。シャッフルしたり、カードを確認してはいけない。
     (2-1-4)フィールドに置かれたフォワードのカードをDとする。
     (2-1-5)フィールドに置かれたバックアップのカードをEとする。
     (2-1-6)手札をFとする。
     (2-1-7)D、E、Fを任意の順番でまとめ、Gとする。
     (2-1-8)除外エリアのカードをHとする。シャッフルしたり、カードを確認してはいけない。
     (2-1-9)A、B、C、G、Hの順番でカードを詰み、デッキを作る。
    (2-2)構築の際、故意ではなくともシャッフルしてしまった場合は即失格とする。
    (2-3)対戦が始まってからは、アビリティなどでデッキをシャッフルする機会があればしてもよい。

 非情にめんどくさいルールだが、ハイテクなデュエルテーブルがカードを回収し、勝手に処理してくれる。手作業でなんかやってられるかこんなもん。ほんとにめんどくさい。
 こちらがやらなくちゃいけないのは、Gの部分。どうやら積み込みが可能らしい。最後の最後にワンチャンスを仕込めるのだ。
 だけど、道房は肩を落とした。
 なんもない。
 積めるのは、バックアップばっか。コスモス2枚入ってる。マリアも2枚入ってる。
 まあいい。デッキが尽きる前に勝負を決めればいいのだ。
 逆に相手は、1戦目で主力となるカードをフィールドに展開させていた。手札にも奥の手が眠っていそうだった。それがそのままデッキの下に埋もれる。
 勝負は意外とあっさり決着がつくのではないだろうか。そう考えると、自分のためにあるようなルールであるような気がしてくる。
 道房は、ちょっと泣きたくなった。
『ポジショーン・チェーンジ!』
 どうやら相手と位置を交換するようだ。意味あるのかこれ。股間のポジション直したくなるわ。
 道房は、ダークネス・鈴木とすれ違う。
 その時、道房は気付いた。
 思わず、目を見開く。
「まっ! まさか!」
「……ケケッ。やっと気付いたようだなァ!」
 ダークネス・鈴木が、ババッとフードを取る。
 そのサングラス! レイヴァン! じゃなくてレイベン!
 その腕時計! ローレックス! じゃなくてローラックス!
 そのスニーカー! ナイキ! じゃなくてネイキ!
 その指輪! クロムハーツ! じゃなくてクロスハート!
「そして財布は、ルイヴィトンじゃなくてルイスバトンだぜェ! 全身イミテーションだァ! ケーッケッケッケ!」
「へえ」
 どーでもいい。
 無視してプレイ位置に着いた。ダークネス・鈴木も、そそくさとフードをかぶり直した。

(さらに…)

Chapter 2:戦慄のファーストアタック

2012年2月25日 土曜日
この記事の所要時間: 約 18分52秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 2:戦慄のファーストアタック

 なんだこの入場曲は。
 入場ゲートから決闘場までまっすぐに延びる赤い絨毯の上を歩きながら、禿野道房は憤然としていた。
 なぜ演歌。なぜ吉幾三。年齢で選曲してんのか。41歳だともう演歌なのか。客席からの笑い声は最初だけで、ブーイングすごいぞ。ふざけんな。ウケ狙いだと思われるじゃないか。選らんでないっつーの。こちとら音楽の趣味は若いっつーの。キャリーぱみゅぱみゅ好きだっつーの。恥ずかしげもなく乳毛晒せるっつーの。
 しかしいくら憤ろうとも、緊張は隠せない。心配だ。それにまさかの第1試合。6万の注目。6万の期待。6万の熱い視線。その重圧が、道房を押しつぶそうとしていた。
 やばい。これまじやばい。冷や汗が止まらない。目眩がする。脚が震える。足が重い。トイレには行ってきたけど、腸がうなり声を上げている。虎がうなってる。
「……! ……くーん!」
 大歓声にかき消されつつある声に、道房ははっとした。
 この声は。客席を探す。いた。藻衣だ。現役女子高生カードゲーマーであり道房の姪である藻衣が、柵で覆われた客席の一番前まで出てきて大きく手を振っている。
 道房は駆け寄った。
「藻衣! 無事か! 友吾に変なことされなかったか!」
「大丈夫! されるまえに通報したよ! 今はもうパトカーの中!」
「そうか!」道房はほっと胸をなで下ろした。「……ありがとう、藻衣。これで心配事はなくなった!」
「うん! 頑張ってね、道房くん!」
「おうよ!」
 吹っ切れた道房は、さっきまでとは大違いな足取りで、決闘場へ向かう。親友でありロリコンである友吾に、藻衣を任せたのは失敗だった。そのことをずっと悔いていた。だがしかし、藻衣は思ったよりも大人になっていた。叔父の親友でもふたり切りになるやいなや遠慮なく警察に通報するだなんて、やるじゃないか。さすが母の弟をくんづけで呼ぶだけのことはある。さすがあの姉の娘である。おとなしく観戦しててくれ。
 決闘場に到着した。
 白い階段を上ると、カードショップの対戦室まるまる一部屋分のスペースがあった。中央には、広いガラステーブルが鎮座している。椅子はない。立ってプレイするスタイルのようだ。
 吉幾三の歌声がやんだ。
 続いて流れてくるのは、エクスデスのテーマ「覇王エクスデス」だ。
 ちくしょう。道房の頭に血が登る。なんでオレが吉幾三で相手はファイナルファンタジーの音楽なんだ。差をつけるにもほどがあるだろ。なにこの嬉しそうな歓声。オレ、ヒール確定じゃないか。負け役確定じゃないか。ふざけんな。こっちだって、流して欲しいファイナルファンタジーの曲があったのに。
 対戦相手のダークネス・鈴木が、ゆっくりした足取りで向かってくる。いいね。熱い声援浴びてるね。気持ちいいよね。好きな曲で入場だもんね。
 てめーなんぞにゃ絶対負けねえ。
 道房は歯をガリガリ鳴らしながら熱意を燃やした。

『さあ! いよいよ! いよいよ始まりますねー、解説のファイナル・大沢さん! ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム第4回ワールドプレミアム大会決勝、第1回戦! ついについに始まります! ダークネス・鈴木対禿野道房の戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしております! 2回戦行い、勝ち数の多い方が勝ち進みます! もーのーすーごい声援です! この6万人の観衆が見守る中、いよいよオープニングアクトです!』
『実況の古鼬さん。オープニングアクトって前座って意味っすよ。一応これ前座じゃなくて本戦ですから』
『さあ! この決勝に駒を進めた12人の選手の中で、いったい誰が最後まで勝ち抜くのでしょうか! 最強は誰だ! いやあ、ファイナル・大沢さん。それにしても「覇王エクスデス」にはシビレましたねえ!』
『流した。ていうか、吉幾三にビビりましたよ。まさかこの会場で、あの日本初のラップ曲のリリックが真っ先に聴けるだなんて思わなかったっす』
『というわけで、ファイナル・大沢さん! いよいよ対戦が始まるわけですが、今回からは特殊な演出が施されているんですよね?』
『また流された。えーと、そうっすね。抽選のときもそうでしたが、フィールドにカードを出すと、3D立体映像がテーブル上にバーンと浮かび上がります。あのテーブル、超ハイテクなんです。さらに、アタック時には攻撃するし、ブロック時には防御ポーズを取ります。3D映像が動くんです』
『それはすごい! 楽しみですねー!』
『ええ。是非、ティファとか出して欲しいっすねー、あと、ティファとかティファとか』
『ティファ! ティファいいですねー、ファイナル・大沢さん!』
『お。まさか古鼬さんもティファ派っすか?』
『モチのロンです! エアリスには悪いですが、ティファ一択です! ゆっさゆさです!』
『まじっすか!? エアリスには悪いけど、俺もっす! たぷんたぷんです!』
『ぷよんぷよん!』
『もゆんもゆん!』
『予期せぬ邂逅! おおーっと! そうこうしているうちに、対戦が開始されるようです!』
『ティファでパーンチ!』

(さらに…)

Chapter 1:衝撃のファーストアタック

2012年2月23日 木曜日
この記事の所要時間: 約 14分30秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
Chapter 1:衝撃のファーストアタック

『さあ! いよいよ始まりました! ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム第4回ワールドプレミアム大会決勝っ! 実況は、わたくし古鼬射一郎。解説は、第1回第2回FFTCGワールドプレミアム大会で連続優勝したチャンピオン! あの、リビング伝説っ! ファイナル・大沢さんですっ!』
『ちょっと古鼬さん。なんすかリビング伝説って。居間の伝説みたいになってるじゃないすか』
『生ける伝説ってことですよ! ほら、リビングデッドっていいますでしょう!』
『なんすかその例え。余計嫌っすよ』
『まあまあ、そんなこといわず、今日はひとつよろしくお願いします! えー、今日はこのスーパー武蔵小金井ドームに、約6万人の観衆が集まりました。とんでもない注目度です! 今! 観客席のみなさまは、トーナメントの組み合わせが行われようとしている、ドーム中央に作られた戦いの舞台に釘付けです! しかしちょっと残念ですねー、ファイナル・大沢さん。ファイナル・大沢さんも、引退されてなければあの舞台に立っていたでしょうに!』
『……』
『前回の第3回ワールドプレミアム大会、ブルーアイズ・鹿馬との死闘が懐かしいですねー! ファイナル・大沢さん、ストレート完封負けしたんですよね? 引退を決意されたのは、その時でしょうか?』
『……引退してねーよ。予選で負けたんだよ』
『おおーっと! トーナメント組み合わせ抽選会の準備が整いましたか? いや、まだのようですねー。ちょっと準備に時間がかかるようです。しかしファイナル・大沢さん、これは楽しみですねー!』
『……まあいいや。そうっすね。わくわくするっすね、こーゆーのは。ええと、12人のトーナメントですけど、前回優勝者のブルーアイズ・鹿馬と、準優勝のダルダル・武藤は、シードですね』
『そのようです! 前回の決勝戦で我々観客を魅了した激しい戦いが、今回も見れるのでしょうか! しかし! 今回予選を勝ち抜いてきた選手達も、ひと癖もふた癖もある強者ばかり! ズバリ! ファイナル・大沢さんは、あの12人の中で誰が優勝すると予想しますか?』
『んー。とはいえやっぱブルーアイズ・鹿馬なんじゃないっすか? 前回優勝してるし。あと、クイーン・渡辺もいいとこいくと思うっすよ』
『なるほどっ! 無名のくせにとんでもないルックスで阿鼻叫喚の大歓声を浴びた、あのクイーン・渡辺ですか! さすがファイナル・大沢さん! お目がビッグプライスですねー!』
『それ、お目が高いっていいたいんでしょうけど、逆だから。ビッグプライスって大安売りだから。全然すごくないことになってるから。プライスつけちゃダメだから』
『ところでファイナル・大沢さん! クイーン・渡辺は、どのへんに期待してますか?』
『どのへん、っつーか、俺、あいつに負けて予選落ちしたからね。ボコボコに負けたからね。勝ってくんないと困るんだけど』
『なるほど、私怨で応援ですか! HEY YO! って叫びたくなりますね!』
『ならねーよ』
『他に注目の選手というと、どなたでしょうか?』
『そうっすねえ。同じくシードでいうと、ナイト・内藤とロワール・田中も強い、っつーか有利だろーね。1戦少ないすから』
『当たり前じゃないですか。しかしですね! そもそもですよ? 4名もシードになってますが、トーナメントに12名というのは中途半端なんじゃないでしょうか。その点、ファイナル・大沢さん、どうお考えですか?』
『デッキが12個しかないからしょーがな
『おおーっと! 抽選会まで少し時間があるようです! では、ここで特別ルールの説明に入りましょう。ノーシャッフルデスマッチ。聞き慣れないルールですねー、ファイ沢さん』
『変な縮め方しないでください。えー、ノーシャッフルデスマッチ、っすか。2回戦目だけシャッフルしないという特殊なルールっす。でもねえ。これねえ。試してもないのにいきなり前回のエントリで発表したんだけど、いざ試してみたら、これがもうめんどくさいめんどくさい。フィールドや手札のこと忘れててアップ後慌ててルール付け足したり、わかりにくいとこちょこちょこ書き直してたりするし、調子に乗らないで通常ルールにしとけばよかったと、ぶっちゃけ後悔
『おおーっと! 抽選会が始まりそうです! 皆さん、大画面のモニターにご注目ください! ファイ沢さんは、あとで便所きてください』
『まじか』

(さらに…)

プロローグ:選ばれし12人のデュエリスト

2012年2月21日 火曜日
この記事の所要時間: 約 15分56秒

 これは、とあるカードゲーマーの家にある12個のデッキから生まれた物語である。
 もちろん、オールフィクションであり、脳内妄想であり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありませんし、精神に異常をきたしてもいません。

FFTCG
プロローグ:選ばれし12人のデュエリスト

「ついにやってきたぜ!」
 雑踏の中から抜け出した禿野道房は、太陽に照らされた巨大なドームを見上げ、思わず叫んだ。
 スーパー武蔵小金井ドーム。
 数々の名勝負が繰り広げられた、日本が誇るカードゲームの殿堂。世界中のカードゲーマー達が憧れるデュエルの聖地。その白く眩しい建造物が、眼前に広がっていた。
 ターミナルから川のように続くひとびとが、高揚した顔でドームの中に吸い込まれていく。
 ドームのぐるりを覆うように設置された巨大電光掲示板には、この日行われる大会名が左から右へと流れていた。
『ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム 第4回 ワールドプレミアム大会 決勝』
 蒼天の空に花火が鳴り、ファイナルファンタジーのメドレーがゆるやかな風に乗って響き渡る。
 世界最強のカードゲームと名高く、小学校から老人ホームまで様々な場所でプレイされている大人気カードゲームの、4年に1回しか行われないワールドプレミアム大会決勝。世界各地の予選を勝ち抜いてきたのは、たった12名。
 そのひとりが、道房だった。
 身体が震えた。握った拳の中に、汗がにじんだ。
 嬉しさと相反する、かつてない緊張感と家に帰りたい感。
 スーパー武蔵小金井ドームの入り口が、階段の向こうに見える。
 魔境の入り口。
 あのドアの向こうに一歩でも足を踏み入れれば、そこは決闘場だ。味方のいない戦場だ。
 負けることは許されない。
 しかも、無様なプレイミスを晒そうものなら、観衆から凄まじいブーイングを浴びるだろう。
 ……いけるのか。耐えられるのか。戦えるのか。
「ははっ。道房、まさかお前が決勝に進めるとはな」
 気楽な声が、道房の肩を叩く。小学校時代からの親友、降木友吾だ。
「なーんかわたし、わくわくしてきちゃった! 道房くん。頑張ってね!」
 現役女子高生カードゲーマーの堂出藻衣が、隣に並ぶ。
 笑顔に挟まれ、道房の身体から緊張感と家に帰りたい感が抜け落ちた。
 ライバルであり親友である、友吾と藻衣。ふたりとの切磋琢磨がなければ、ここまでくることはできなかった。
「ありがとう、友吾。藻衣。……オレ、勝つよ!」
「それでこそだ、道房! 俺たちの分まで活躍しろよな! 1回戦で負けたら許さねーぜ!」
「そーだよ、道房くん。目指すは優勝! だよっ!」
 ふたりの励ましに、道房の顔がほころぶ。
 負けるものか。
 予選で負けたふたりのためにも、ほかのライバルたちのためにも、勝ち続けなくてはいけない。
 ふつふつと、胸の奥で炎が燃える。
 瞳の奥で、ごうごうと燃えさかる。
 腰にぶら下げたデッキケースをぎゅっと握る。
「よっしゃー! いっくぜー!」
 禿野道房41歳厄年。
 家庭と仕事を放り投げての参戦であった。

(さらに…)