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ナチュラル

2007年5月17日 木曜日
この記事の所要時間: 約 6分56秒

 さすがに23時帰宅とか0時帰宅とかだと、ファミ通する気になれませんでした。
 仕事の環境は、悪くなる一方です。残業が通常の業務になってきました。有能なひとは、どんどん辞めていってます。嫌な流です。いつか、取り返しのつかない事故が起こるんじゃないでしょうか。
 お蔭で、ただでさえタイトな予定が崩れまくっています。
 売れてないし。
 デスクトップPC、ハードディスクがいよいよ壊れたのか、起動しないし。
 世の中、上手くいかないようにできてます。
 そう、上手くいかないといえば、こないだ、こんなことがありました。
 もちろんフィクションですけど、聞いてください。

 大手町にある会社のビルの一階に、ナチュラルローソンというコンビニがあります。ここに、僕はよく通っています。ペットボトルのお茶を買ったり、煙草やガムを買ったり、お昼もここで買うことがあります。会社の事務所から、一番近いコンビニです。
 このコンビニ、ただのローソンではありません。ナチュラルなんです。なにがナチュラルかっていうと、正直意味不明だとしか答えられないんですが、品揃えが一般のローソンとは違います。ペヤングソース焼きそばがありません。赤いきつねがありません。大盛りのどん兵衛ならあります。微妙な品揃えです。あと、全体的に値段が高いです。なんとティッシュ一箱260円とか。鼻セレブです。自宅の近辺の薬局なら、五箱で198円なのに。つまり良品を揃えているということなんですけど、ぶっちゃけ足下を見てるとしか思えません。
 それでも、オープン当初は店員の質が凄まじくよくて、ああ、こりゃーナチュラルだなあ、うん、ナチュラルだ、とか思ったもんでした。制服も、普通のローソンとは違います。あと、焼きたてのパンがあります。焼きたてのパンの種類はどれも微妙にナチュラルなので、買う気はまったく起こりませんでしたが。
 オープンから、一年くらい経ちました。
 店員は、ガラリと代わりました。
 今となっては、酷いもんです。
 レジの中でおしゃべりしてたり、客にケツ向けてくるりと踊ったり、手際の悪い研修生しかいなかったり、客が並んでるのに無視して品出ししてたりと、目を見張るほど質が低下しました。一生懸命さがなく、だらだらしています。店員たちは、ナチュラルな人間の側面、直視できないようなナチュラルさを、自分自身を使って表現しているかのようです。
 なので、あんまし足を運んでいませんでした。なんとなく、嫌な店になり果てていたので。
 しかし、どうしてもこのコンビニに行きたくなる衝動を感じることがあります。
 ――カップメンが食べたい。
 日本人なら、誰でも感じたことがある衝動です。
 ――カップメンが食べたい。
 その日の昼休み、僕の胃は激しくカップメンを求めていました。まあ、たまにはいいだろう、という気安い感じで、ナチュラルローソンへ向かったのです。
 そこで、なにが待ち受けているかも知らず。

 12時あたりだと客に埋め尽くされているナチュラルローソンですが、13時を過ぎていたので、店は空いていました。
 僕は、カップラーメンが並んだ棚に行きます。本来、赤いきつね派の僕ですが、この店にはありません。たぬきうどん、それすら存在しません。仕方がないので、僕はBIGカップヌードルを選択しました。これだけでは物足りないので、手巻き寿司のねぎとろも手に取ります。あとは、パックの野菜ジュース。昼飯の予算500円以内に、なんとか収まります。
 レジに並びます。僕の前の女性客の時、突然レジの店員が「582万円です」とか寒いことを口走りました。女性客は、休憩中の店員だったようです。彼女の無言に対して、レジの店員は「オヤジになっちゃったな」とか照れてます。ナチュラルはこれだから困ります。見た目からしてオッサンじゃねーか、と僕は思いましたが、黙っていました。
 僕は、能面のような顔で会計を済ませ、電子レンジが並んだ入り口に向かいます。
 棚の隅に、電子ポットが2つあります。ここで、BIGカップヌードルにお湯を入れるのです。
 ――お湯が出ません。
 ひとつだけではなく、ふたつともお湯が出ません。空っぽです。
 またか、と僕は思いました。
 実は以前も、まったく同じことがあったのです。そのときは、お湯が沸くまで20分くらい待たされました。待っている間に会社の同僚が通りかかり、憐憫の眼差しを浮かべて去っていくのを、歯を食いしばって堪えました。
 あの屈辱が、再び。
 レジの中には、3台目の電子ポットがあるはずです。以前はそれも空だったんですが、わずかな望みを賭けて、僕は店員に声をかけました。BIGカップヌードル食べたいし。
 3台目の電子ポットも、空でした。
 しかし、その店員は店長でした。「返金しましょうか」といってくれたので、僕は躊躇しましたが、結局うなずきました。すでにパッケージを開けていたので、店に戻すことはできないBIGカップヌードルを渡し、お金を返してもらいました。悪いな、と思いました。
 ですが、手元には手巻き寿司のねぎとろと、パックの野菜ジュースが残っています。さすがにこれだけでは腹が持ちません。
 結局、お弁当のネギ塩カルビ焼きそばを買いました。ナチュラルなお値段でした。予算オーバーです。
 はめられたのかも知れない。いぶかしげな顔で首を捻りながら、僕は事務所に戻りました。

 次の日。
 僕は、リベンジを誓いました。今日こそは、BIGカップヌードルを食べてやる、と。
 昼休みになると、僕はナチュラルローソンへ向かいます。
 ふと、思いつきました。まずは電子ポットのチェックをすべきじゃないだろうか。そうだ。ナチュラルにお湯があるのを確認していれば、昨日みたいなことは防げるじゃないか。どうして今まで気づかなかったんだろう。
 僕は、電子レンジが並んだ入り口に向かいました。
 ぱかっと、電子ポットを開けます。
 ひとつ目。空。ふたつ目。空。
 危ない。僕は、思わず叫びそうになりました。危ないところだった。二日連続で、カップメンを返金してもらうところだった。いくらなんでも、それは恥ずかし過ぎる。ていうか、あのオッサンどんだけ不運なんだよと、店員たちの間で伝説になってしまうところだった。
 僕は、胸を撫で下ろしつつ、弁当売り場へ行きます。今日はカップラーメンを諦めます。他のもの……それにしても、ろくなものがありません。さすがナチュラル。
 仕方がないので、お弁当のネギ塩カルビ焼きそばを手に取りました。ナチュラルなお値段です。野菜ジュースを合わせると、予算オーバーですけど、これくらいしか食べたいものがないのです。ナチュラルですから。
 僕は、レジに並びます。
 すると、隣のレジの客が、カップメンを手にしていることに気づきました。パッケージは、開けられてています。
 はっはーんと、僕は思いました。可哀想にな、と思いました。
 案の定、その客はレジの店員に、電子ポットにお湯がないことを告げました。
 残念ですが、彼はどうすることもできません。返金してもらうか、お湯が沸くまで20分間待つしかないのです。僕は、同情しました。
 ――ところが。
 店員は、レジの中にあった3台目の電子ポットを、出してきたのです。
 ――まさか。
 僕は、目を疑いました。
 そんな馬鹿なと、つぶやきます。
 僕の目の前で、3台目の電子ポットが、2台目の電子ポットと入れ替えられました。
 客は、電子ポットからお湯を入れています。じゃじゃーっと、景気よくお湯を入れています。
 沸いていたのか3台目!
 会計を済ませた僕は、目眩を覚えながら、ネギ塩カルビ焼きそばを電子レンジに突っ込みました。そばにある、お湯の入った電子ポットを、涙目で睨みつけます。あのときチェックさえしなければ、こんなことにはならなかった。自衛策が、あだとなった。
 負け犬の気分で、僕は事務所に戻りました。

 下手な考え休むに似たり、といいましょうか。世の中、上手くいかないようにできてます。
 いや、ついてるひとは、ついてる。普通のひとは普通。ついてないひとは、とことんついてない。これは、生まれたときに決まってしまうものなんじゃあないでしょうか。
 神様なんかいません。いたとしても、どうせナメック星人のデンデです。
 ていうか、今日こそBIGカップヌードル食べてやる。