ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

2009年06月29日 00:00:00 | 【カテゴリー: 2009年に観た映画
この記事の所要時間: 約 3分43秒

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観てきました。立川の、CINEMA TWOです。公開初日の、2009年6月27日です。
 予約を前日に行ったのですが、やっぱり満席に近く、新宿バルト9はもうダメで、立川も、朝8時の回で前から3列目という席しか空いてませんでした。
 そんなわけで、公開初日の、第1回目を、観てきたわけです。
 最初の最初です。
 誰よりも先に、観ることができたのです。
 個人的には、嬉しかったです。
 でも、前から3列目の席は、肉体的にキツかったです。

 ネタバレなんか気にしない。

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 前作の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」は、フツーの「エヴァンゲリオン」でしたが、今回の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」は、完全に「ヱヴァンゲリヲン」になってました。
「エヴァンゲリオン」ではない、まったく新しい、「ヱヴァンゲリヲン」。
 いままで、ちょっと斜に構えて観てたとこがあったんですが、もう意地張るの止めます。
 すごいです。
 すごすぎです。
 コレだッ! と思いました。
 コレだったのかぁッ! って感じました。
 ぽかぽかでした。味噌汁飲みたくなりました。
 拳を握りしめ、ガカガタ震え、感涙を流し、画面に釘付けでした。
 こんなにすごいものを観せてくれるんだったら、2年でも3年でも待たせていただこうじゃないですか。
 次回作は、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」。Qだけに、きっと回答編の4作目があって「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:A」になるに違いないとかいう噂がありますが、「エヴァンゲリオン」は繰り返す物語です。「ヱヴァンゲリヲン」は、「エヴァンゲリオン」のリメイクではなく、続編です。「ヱヴァンゲリヲン」が完了したら、また最初から初まることでしょう。100,000回くらい繰り返せば、碇シンジも、いかりや長助くらいに成長すると思います。

 今作は、いろいろと豪勢でした。
 クオリティが、ハンパなかったです。
 同じシーンを何人かに描かせて、いちばんデキのよいものを使う、という、ブルジョワなシステムを使ってるらしいです。
 静と動のコントラスト。なんてことのない、通学シーンや、下校シーンなんかが、たまらないノスタルジーです。
 レイの首輪に小さく2番目って書いてあるとか、画面の全てを見逃せない仕様です。
 アスカの死にフラグも、見てらんないくらい、徹底的に重ねられすぎてました。彼女から病んでる部分を取っ払うと、こんなにも儚い存在になるだなんて。
 そして、後半。
 今回は、飴だなー。「エヴァ」っぽい甘さだなー。とってもぬるくて、居心地いいなー。という感情にしておいて、「エヴァ」らしい、エゲツなさが大炸裂。
「ヱヴァンゲリヲン」として、完璧だったと思います。

 あー、もどかしい。
 オタクになりきれなかった人間にとって、この作品は、とてもツライです。
 はっきりいいまして、「ヱヴァ」を語る資格がないのです。
 記憶力が、ないんです。見たこと、知ったこと、覚えたこと、感じたこと、思ったこと、片っ端から、忘れていく。
 こんなんじゃ、楽しい議論を交わせません。
 前作との対比、さまざまな引用、張り巡らされた伏線、蘊蓄、語りたいけど、わかりません。さっき観たばかりのことさえ、うろ覚えです。
 子どもを利用することに嫌気を覚える加持と、大人を利用していると悪びれるマリ。 あれだけ物議を醸し出した、マリのプラグスーツと、エヴァ五号機の扱われ方。変化するレイ。素直になるアスカ。誰かのために戦うシンジ。「今日の日はさようなら」。 「翼をください」。形状の違うロンギヌスの槍。
 語れない。
 口惜しい。
 悔しい。
 嫉妬しちゃう。
 脳細胞の死滅を、どーにかして食い止めたいです。
 でも、十代の頃から、記憶力ありませんでした。
 本気で生まれなおしたい。そう思わせるほどの、作品でした。

 次回予告のあとは、満員の劇場で、拍手が巻き起こってました。
 3列目の席で観るアニメじゃなかったです。
 もう1回、ちゃんと観直したいです。
 正座して、観たいです。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」も、もう1回観たくなってまいりました。正直いいまして、キレイさっぱり忘れています。どうせなら、ブルーレイで観たいです。PS3を買う時が、ついにやってきたのかも知れません。でも、テレビの電源入れるのが、果てしなく面倒くさいです。

 いゃあ、映画って、本当にいいものですね。

 

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